職人が手掛ける国産バーナーの謎に迫る! マナスル工場見学記(前編)
ここは東京都葛飾区柴又の住宅街の一角。立派な3階建ての建物の中に入り、規則的な機械音を響かせながら稼働する工場の脇を階段で上がっていきます。
通された3階の事務所で話を伺いながら、さっそくマナスルのパーツを見せて頂きました。
「マナスルはバーナーヘッドの加工が一番難しい」。
そう話してくれたのは、国内で50年近くマナスルを製造し続けている𠮷川製作所の𠮷川社長。
「バーナーヘッドの真上にある円盤状のパーツにまずは竪穴を刻み、今度はそこから水平方向に十字に穴を掘ります。これでバーナーヘッドの内側を気化した灯油が循環できるようになるんです」。
スター商事のHPでマナスルは「熟練の職人によって一台ずつ丁寧に作られるバーナー」と紹介されています。しかし具体的な製造工程は明かされておらず、その詳細は闇の中。
熟練の職人とは一体どんな人物なのか。製造工程には手作業も含まるのか。
今回はマナスルの製造元である𠮷川製作所協力のもと、数少ない国産バーナーができあがるまでの舞台裏を見学してきました。
先ほど紹介されたパーツを横から覗くと、確かに内側に穴があいているのがわかります。実はこの穿孔作業がマナスルの製造工程に秘められた手作業のひとつ。パーツをひとつひとつを機械の上に置き、長年の感覚をたよりに少しずつレバーを操作して穴をあけていくのです。
まず難しいのが、穴をあけるポイントの中心に正確にドリルを当てること。穿孔後に残る周囲の厚みは約1mm。少しでも中心から外れると使い物になりません。
もうひとつ大切なポイントは正確な深さの穴を掘ることです。許容範囲はこちらも約1mm。浅すぎてもダメ、深すぎてもダメ。神経を尖らせながらドリルを操作して徐々に穴を深めていきます。
しかしこの工程は完成までのごく一部。ミスが許されない独特な緊張感に包まれた現場を後にすると、さらに困難な作業が控えていました。
向かった先は、事務所が入る第一工場から離れた所に建つ第二工場。工場といってもそこにあるのは一階建ての小さな平屋で、中に入ると土とホコリが入り混じった懐かしい納屋の匂いが漂ってきました。
天井には黒光りする立派な梁が横たわり、木造であることがこの建物の歴史を無言で物語っています。
ここで行われているのが、バーナーヘッドのロウ付け作業。この工程で先ほど穴をあけたパーツにパイプを接合するのですが、これが極めて難しい。
「一瞬のまばたきで失敗することがいまだにあります。10年続けていますが、いまでも緊張せずにはいられません」。
そう話すのは、現在社内で唯一このロウ付け作業を行っている男性社員さん。まさに熟練の職人でも緊張を敷いられるロウ付けとは一体どんな作業なのでしょうか。
「まずパーツを組み上げたバーナーヘッドを特殊な機械で真っ赤になるまで高温に熱し、タイミングを見計らってそれぞれのパーツを銀ロウで接合していきます」。
これが一連の流れになるのですが、このタイミングが熟練の職人でも唸らずにはいられない難関ポイント。
「接合に使う銀ロウの融点は890℃前後。この温度までバーナーヘッドを熱していくのですが、実は接合するパーツは真鍮で作られており、その融点は約900℃。つまりわずか10℃前後の幅で温度を的確に管理する必要があり、万が一熱しすぎると真鍮のパーツが溶けて穴があくという最悪の事態になりかねません」。
もちろん温度を目視できるデジタルメーターなどは存在せず、唯一頼れるのは長年の勘のみ。ボタンひとつで温度を管理し、適温に達したところでまばたき一瞬のスピードで素早くロウ付けを行います。
しかし条件はさらに厳しく、ロウ付けできるタイミングは一度だけ。ひとたび温度を下げてしまうと、同じ箇所に再びロウ付けすることはできなくなってしまうと言います。
さらに熟練の職人を苦しめるのが、ロウ付けする箇所が複数あるということ。全てのポイントに同時に気を配る必要があり、一箇所に集中していると他のポイントが高温になりすぎて穴が開くことがあるそうです。
息が詰まるとはまさにのこと。900℃に近い高温で真っ赤に染まるバーナーヘッドに向かい、尋常でない熱さの中で神経を尖らせる作業を想像するだけで、その過酷さと刹那の瞬間にかける緊張感がひしひしと伝わってきます。
こうした作業を経て完成したバーナーヘッドは、最終的にひとつずつ燃焼テストを行い、穴があいていないかなど不備がないことを確認してから出荷されます。
「火を扱う道具だから万が一があってはいけません」。
真剣な眼差しで職人が話すとおり、長年に渡りマナスルに故障が少ない理由は、ユーザーの安全を第一に考えて行う丁寧な検査工程に秘密がありました。
マナスルを新品で購入してもバーナーヘッドは必ず黒くくすんでいます。これは徹底した完全管理によるテストを合格した証でもあるのです。
(後編に続く)
山岳ライター吉澤英晃が、アイテムを実際に使ってみてレポートする連載企画。
登山からキャンプギアまで様々なアイテムの使用感や特徴を紹介していきます。(構成・文:吉澤英晃)
【自己紹介】
大学の探検サークルに入部したのことをきっかけに登山を開始。
社会人山岳会に所属し、夏は沢登り、冬は雪稜からバックカントリーまで、一年中山で遊んでいる。
登山用品の営業職を経験した後、現在はフリーライターとして活動中。